やぎのくらし

小説家で漫画原作者の矢樹純のブログ

連作法廷ミステリー『不知火判事の比類なき被告人質問』発売

矢樹純の最新作『不知火判事の比類なき被告人質問』が本日、双葉社より発売となりました。

『不知火判事の比類なき被告人質問』は、風変わりな左陪席の裁判官である不知火春希判事が、横浜地裁を舞台に、毎回《他に類を見ない》被告人質問でそれまでの審理をひっくり返し、隠されていた真実を明らかにする――という連作法廷ミステリーです。

30代のニートの娘がシングルマザーの母親を殺害した事件の裁判で、被告人が取った《ある不可解な行動》。その驚きの理由が、不知火判事の被告人質問によって明かされる第一章「二人分の殺意」をはじめとする、全五章が収録されています。

今回、初めて(無謀にも)法廷ミステリーに挑戦したわけですが、企画を立てた段階では、法廷ものを書くつもりは全くありませんでした。
そもそも双葉社の編集者さんとの最初の打ち合わせでは、「犯罪をテーマとした連作短編を書いてほしい」とだけ頼まれていたのです。その際に「犯罪者の視点で書くのはどうか」というご提案をいただき、それから自分は一話目のプロットを作るために、殺人事件の犯人の手記など、ノンフィクションを色々と読んでいました。罪を犯した人の、心の動きを理解したかったのです。

裁判の傍聴に行ったのは、そうした取材の一環としてのつもりでした。それが自分にとっては初めての傍聴だったのですが、偶然にも、そこで審理されていた事件は、自分の本当に身近なところで起きた殺人未遂事件でした。
事件現場は、自分が何度となく通りかかったことのある場所で、事件当日に何台ものパトカーや救急車が停まっているのも見ていたのです。

審理の中で、その被告人が事件を起こすまで、どのようにして追い詰められていったのかが詳細に明かされ、聞いていて苦しくなりました。そして被告人が被害者を殺そうとした時に取った《ある行動》について、被告人質問でその考えもしなかった理由が語られた時、強烈な驚きと悲しみに、思わず声が漏れていました(注意されなくて良かったです)。
傍聴席で涙しながら、絶対にこれを書こう、と決めました。

そういう衝動から小説を書いたのは、この作品が初めてかもしれません。

『不知火判事の比類なき被告人質問』は、バイタリティ溢れるルポライターの女性が語り手となり、個性的な不知火判事や傍聴マニアのおじさん二人組などが登場する、自分の作品の中では比較的《楽しい》読み味の小説になっていると思います。
ですが自分としては、ミステリーとしての面白さは大前提として、「どうしてその被告人は罪を犯すことになったのか」という背景を丁寧に掘り下げた、芯のある小説を書けたという手応えも感じています。

それまで見えていた景色が一変する《不知火判事の被告人質問》を楽しんでいただきつつ、自分が作品に込めた思いが伝わってくれたら嬉しいです。

皆さま、どうぞよろしくお願いいたします。