やぎのくらし

小説家で漫画原作者の矢樹純のブログ

横浜への道2009〜GW死闘編

今日は横浜に帰る日である。そんな孫と遊べる最後の日にお父さんは朝から熱を出して寝込んでしまい、気の毒だった。旅の疲れだろうか。うちの子供達の風邪がうつったのでなければ良いのだが。
午前中はブログの更新などして、昼食に肉うどんを食べてから上の2人をお母さんに預け、次女と牛人間と3人で服や靴を買い物してくる。帰宅後は部屋の片づけして荷物をまとめ、夕食にブリの照り焼きやほうれん草のゴマ和えなどを頂いて、ネットで渋滞情報をチェックしつつ仮眠。
なるべく渋滞に巻き込まれないように、倉敷市の実家を22時に出発。山陽道の渋滞を避けて中国道を通って行った。いつも大変なことになっている吹田JCTの渋滞は自分達が着く頃には大分流れが良くなっていて、あまりストレスを感じず抜けられた。しかし京滋バイパスの手前で自分が運転に疲れてきて、次のPAで牛人間と交代しようと思っていたら正月と同じようにhttp://d.hatena.ne.jp/ieyagi/20090103休憩を逃す。ここ、バイパスを通らなければすぐ先にPAがあるのだが、バイパスに入ってしまうとしばらく休めないのだ。今度から絶対にもっと手前で交代しよう。
幸い正月のような渋滞は無かったので、限界の前に運転を交代して貰えた。しばらく牛人間が運転したあと、伊勢湾岸道路は自分が運転する。ここから見える遊園地や工業地帯などの風景が好きだ。道が広くて真っ直ぐなので運転もしやすい。間違っても事故を起こすような場所ではないのだが、今回ここで合流してきた車が合流車線からウインカーを右に出したまま一気に第二走行車線まで車線変更してきて、ずっと第二走行車線を走っていた自分は後に牛人間から「よくあれを避けられたよね」と褒められるほどのドライビングテクニック(時速100kmで急ハンドル)で避ける羽目になった。安全運転を心掛けていても死ぬ時は死ぬなあと悟る。
岡山へ帰る時は牛人間が「全然眠くならない」と言ってずっと運転していて、薬が効き過ぎなのではないかと心配したのだが、帰りはきちんと疲れを感じて寝ていたので安心した。交代しながら合計40分くらいは眠れたと思う。渋滞もそんなに長いのは無くて、正月に比べればかなり楽に帰ることが出来た。