やぎのくらし

小説家で漫画原作者の矢樹純のブログ

死んじゃった婆さん

自分が暮らしている団地は年寄りが多く、子供を連れて歩いているとよく「可愛いわねえ」とか「小さい子が二人もいて大変でしょう?」と暖かい声を掛けくれる。「男の子で良かったな。稼ぐから。女は全然稼がん」とか「今が一番良い時よ。言葉を覚えると人の悪口を言うようになるから」というあまり暖かくない声もあるが。
とにかく色んな人が声を掛けてくれて、たまに狂った人も声を掛けてくれる。今日は“死んじゃった婆さん”に声を掛けられた。
その婆さんは78歳なのだが、何で年齢を知っているかというと婆さんは自分のことを話すのが大好きで、話す時には数字と固有名詞を細かく正確に伝えようとするタイプだからだ。そして話す内容は主に“死んじゃった人”についてである。こんな感じだ。
「私は30歳で息子を産んだの。息子は筋ジストロフィーになって○年○月○日に○○病院で15歳で死んじゃった。息子は高校に本当は行けないはずなのに○○先生が入れてくれたのよ。あとで知ったけど○○先生は共産党員だったんだって。最近はシナ人でも学校に入れるらしいわね。娘は膠原病で○年○月○日に○○病院で39歳で死んじゃった。娘の夫は○○工務店で家を建てたんだけど金が足りなくて私が36万円貸したのに月賦で返してきて1円のお礼も無かったのよ。その娘の夫の母親は乳がんで○年○月○日に○○病院で60歳で死んじゃった」
婆さんは「死んじゃった」という言葉を、妙に力を入れて歯切れ良く発音する。息子と娘が死んだせいで婆さんの気が狂ったのか。もしかしたら気が狂ったから息子と娘が死んだと妄想しているのかもしれない。