やぎのくらし

小説家で漫画原作者の矢樹純のブログ

お腹の膨れた中年男

夕方、薬局に洗剤を買いに行ったのだが、レジが非常に混んでいた。
自分の後ろには黒いTシャツを来た50代と思われる男が並んでおり、しきりに「いつまで待たすんだ」、「混んでんだから人増やせ」とブツブツ文句を言っていた。自分の前で会計をしていた女性客が精算直前にレジ前にあった喉飴を「これもお願い」と店員に追加で渡すと、「買うもんは一度に買え。馬鹿が」と聞こえるくらいの声で毒づいた。
嫌な人の前に並んでしまったなと思いつつ手早く会計を済ませ、立ち去ろうとした時、その男の様子がどうもおかしいことに気づいた。男は片手で持っていた12ロールのトイレットペーパーを乱暴にレジ台に置いたのだが、もう片方の手でTシャツの腹の部分を押さえており、その腹の部分にTシャツの上からだとくっきり形が分かる、筒状の何かを隠しているのである。これは結果を見届けなければと、自分は出口付近をウロウロしながら中年男の会計の様子を見守ることにした。
「どれだけ待たすんだ、この店は」という中年男の言葉にお詫びの言葉を述べつつトイレットペーパーをレジに通したあと、店員は笑顔を保ちながら「すみませんお客様、そちらの中には何が入ってるんですか?」と男の腹を指差した。男が不機嫌そうにTシャツの中から取り出したのは、包装も何もされていない1ロールのトイレットペーパーだった。「これは俺の家のもんだ」と男は言い、店員は「ではご一緒に袋に入れましょう」と親切に大きめの袋を出してトイレットペーパーを詰めてやっていた。
男の言ってることが本当だとして推測すると、男は自分の家にあるトイレットペーパーと同じものを買おうとして、わざわざ1ロールだけ持って来たのだろうか。だったらトイレットペーパーの入っている袋の方を持って来るべきだろうに。そんなことを考えながら観察を続けていたのだが、男は店員の「○○円になります」を耳が遠いのか何度も「ああ?」と聞き返し、やっと財布から金を出そうとしたところで「あ、ちょっと待っとけ」と言ってその場を離れ、しばらくして戻って来るとペットボトルのお茶を「これも」とレジ台の上に置いたのだった。男の後ろには、長い長い行列が出来ていた。