取り返しがつかない

漫画原作者で作家の矢樹純のブログ

『がらくた少女と人喰い煙突』を出版社から出せなかった理由(無料キャンペーン終了まであと3日)

『がらくた少女と人喰い煙突』を出版社から出すのではなくKindleダイレクトパブリッシングによる個人出版としたのは、過去の当ブログの記事で「前作が売れなかったため、様々な条件をクリアできず2作目を刊行することができなかった。またシリーズ物であるため、他の出版社に持ち込むことができなかった」ことが理由であると説明していましたが、実はもう一つ、出版社から出すことができない理由がありました。

それはこの『がらくた少女と人喰い煙突』という物語の舞台である《狗島》が、ハンセン病の国立療養所である邑久光明園が建てられた岡山県《長島》をモデルとしているからです。
Amazonの内容紹介で「瀬戸内海に浮かぶ特異な歴史を持つ孤島」とされている《狗島》は、「かつて不治の伝染病として恐れられた《赤痣病》の治療施設が建てられ、治療薬が開発され《赤痣病》が脅威でなくなった現在も、根強い差別や家族との断絶のために帰る場所を失った元患者達が暮らす島」として描かれています。
《赤痣病》は架空の疾患ですし、療養施設も邑久光明園とは全く異なるものですが、『がらくた少女と人喰い煙突』は自分が長島と邑久光明園を取材し、ハンセン病の歴史について学んで、生まれた物語です。重要なモチーフである《人喰い煙突》は、ハンセン病患者の遺体は本土で火葬することが許されず、島に火葬場を建設したという実際の出来事から着想を得ました。
実は一度、この作品を、現在担当していただいている編集者の方に読んでもらいました。
自分なりに取材をした上で、こうした伝染病に対する間違った認識による差別をなくし、その差別と国の政策によって多くの人を傷つけたことを忘れないようにしたい、という思いの元に書いた作品でしたが、編集者の方には「この作品をうちで出すことは難しいでしょう」という意見をいただきました。
それは『がらくた少女と人喰い煙突』が、エンターテインメント作品として書かれた小説だからです。ハンセン病問題を明らかにモデルとしていると分かる内容で、“首なし死体”を登場させたり、“珍妙な探偵”が活躍するというのは、自分がお世話になっている出版社ではアウトなのだそうです。
もしかしたら、そういう部分に寛大な出版社もどこかにあるのかもしれませんが、そんな出版社を探して尋ね歩くようなアクティブな性質は持ち合わせていないもので、たとえ誰かから怒られることになっても自分だけで済む、個人出版の道を選びました。
ハンセン病を題材としたミステリーは、有名な松本清張先生の『砂の器』、石井光太先生の『蛍の森』など、少ないですが存在します。
砂の器〈上〉 (新潮文庫)

砂の器〈上〉 (新潮文庫)

蛍の森

蛍の森

ですがそれらは社会派推理小説と呼ぶべき、リアリティのある重厚な作品です。
長島を取材して、ハンセン病の歴史について学んだ上で、自分は「無知による偏見・差別」や「国の間違った政策による人権侵害」を題材として取り入れつつも、読んだ人が心から面白いと感じるような、楽しめる物語を書きたいと思いました。その決意は、話は飛びますが2011年3月の東日本大震災後、震災を題材とした物語、あるいはノンフィクションなど、数々の作品が発表されたことに端を発しています。
自分が読んだそれらの作品は、素晴らしいと思うものも多かったのですが、「面白い」、「楽しい」作品ではありませんでした。それで自分は、何年先になるか分からないけれど、東北の被災地を舞台とした、心から面白いと感じ、楽しめる作品を描きたいと思うようになったのです(こちらは漫画原作の企画として取材に行ったりプロットを作ったりと実際に進行中だったのですが、急な話で別の企画が始まってしまったために、残念ながら現在は寝かせている状態です)
そして話は戻りますが、自分は2012年の9月に取材に訪れた長島を歩きながら、この島を舞台にするなら、思いっきりエンターテインメント作品として書きたい、と考えました。自分は面白い、楽しい作品が好きだし、何かを訴えるにしても、そういう作品の中で訴えたいのです。リアリティのある重厚な作品を書く力が全然足りてないから、というわけではないですよ?
『がらくた少女と人喰い煙突』をお読みいただいた方で、ハンセン病について興味を持たれた方には、ぜひ「ほんの何十年か前に、日本でこんなことがあったんだ」ということを知って欲しいと思います。そして可能なら、一度長島を訪れて欲しいです。


とてもきれいで、雰囲気のある島です。

※ちなみに物語の始めの方で登場する施設のモデルがこちらです。
ということで、思わぬところで真面目な話をすることになってしまいましたが、作者としてはとにかく楽しんで読んで欲しいというのが一番の願いです。残りあと3日となった無料キャンペーンですが、この機会をお見逃しなく、多くの方にダウンロードしていただければと思います。
どうか引き続きよろしくお願いいたします。