やぎのくらし

小説家で漫画原作者の矢樹純のブログ

夢の終わり

7時起床。晴れ。午前中は洗濯して掃除して長い散歩へ。買うことになった土地の周りを歩き、買い物はどうするか、子供達の遊び場はどこの公園するか、などを考える。周囲は最近建ったと思われる新しい家が多く、それらの外観を見ながら自分達の家はどんな壁や屋根にしようか、ということも考えていた。それからローンを返すために、どうやって子育てしつつ仕事をしていこうか、ということも考えていた。歩き過ぎて疲れた。
昼前、悪徳不動産屋のTさんから電話があり、以前ブログにも書いたすぐ近所にある台所が2箇所ある中古物件http://d.hatena.ne.jp/ieyagi/20060226が、200万円値下げされてまた売りに出てると聞かされる。一度売れたのがキャンセルになったようなのだ。牛人間が「内見を申し込んだら売れてしまっていて残念だった」と話していたのをTさんは覚えていて、良かったら日曜日に事務所へ行く前に案内しますが、と言われる。
日曜日は例の土地を買うための申込書を書きに行く予定なのである。何で今更中古物件を見る必要があるのか、と思った。打ち合わせの前に汚い中古物件を見せておいて、なるべく良い(高い)設備を選ばせようという魂胆なのだろうか。だったら別に見なくてもいいのに、と思いながらも一応牛人間にメールでその旨を伝える。
メールには速攻で返信が来た。「今改めて資料見たけど、とても広くて良い間取りだよね」
おかしい。自分達は土地を買って、希望通りの間取りのイタリア風の家を建てるのではなかったのか。牛人間に「でも築13年だから、この先30年も住めないだろう」と返信する。また速攻で返事が来る。「木造じゃなく軽量鉄骨で作ってるって書いてるから大丈夫」
「台所が2箇所ある上に風呂が狭いんだけど」→「200万円値下がりしてるから、いくらでもリフォーム出来る」→「一度買った人がキャンセルしてる物件は怪しくないか」→「それは偏見だ」……牛人間は完全に、この中古物件を買う気になっていた。そして自分は絶対に買いたくなかった。3日間も考え続けて作ったあの間取りの家が、どうしてこの段階で幻になってしまうのか。お互いがお互いの話に聞く耳を持たない状態で、不毛なメールのやり取りが続く。
夜、早めに帰って来た牛人間と、子供を連れてその中古物件を見に行った。中を見るのは今日は無理だが、歩いて行けるくらいの近所だったので外観だけでも見ておこうと思ったのだ。築13年なので外壁は染みだらけで、見たのが夜だったせいもあるだろうが暗くて嫌な雰囲気で、とてもここには住みたくないと感じた。
元々牛人間はこの中古物件を妙に気に入っていたのだが、昼間メールした時点では、まさか土地を買うのを取り止めて(不動産屋にはもう「買う」と言ってある)こっちの中古を買うと言い出すとは思わなかった。子供達を寝せてから話し合うが、牛人間はもう土地をキャンセルして中古物件を買う方に考えがシフトしていて、ローンを組むのは牛人間なのだから、無職の自分はローンを組めないのだから、自分が間取りを書いたあの家は、もう手に入らないのだ。
間取りを書くのにかなりの時間と労力を費やしたこともあってガッカリ度は大きく、例えれば飼っていた小動物が死んだくらいの勢いで、自分は悲しかった。
牛人間は、目が覚めてしまったのだ。昨日までは自分と一緒に間取りを考えて「屋根裏部屋が絶対に欲しい」とか「子供部屋に秘密の通路を作ろう」とか、楽しそうにしていたのだが、結局安い中古の家を買うのが身の丈に合っているということを思い出してしまったのだ。この“身の丈に合った生活をする”というのは自分達夫婦の基本コンセプトである。ここを踏み外した人間は不幸になる。現に今、無職の癖に注文住宅を夢見た自分は不幸になっている。
ただし、このタイミングで中古物件の情報さえ入らなければ、自分達はこの土地を買って家を建てていただろう。注文住宅と言っても“建築条件付き”の場合は仕様が大体決まっている安い家だ。土地も狭いので全体的にはそれほどの価格ではない。今、金利が高くならないうちにローンを組むことが出来ればむしろお買い得なくらいだ。
牛人間は悲しんでいる自分を慰めようとしてくれたが、その悲しみの原因を作ったのは牛人間なので顔も見たくなかった。中古物件を買った方がリフォーム代を入れても800万円近く安くなるのだから、牛人間の判断はきっと正しいのだろう。何も悪くない。とにかくタイミングが悪かったのだ。頭では分かっていてもどうしても辛く、それをぶつける相手は牛人間しかいなかった。この日は結婚してから一番深刻で一番重い雰囲気になった気がする。