やぎのくらし

小説家で漫画原作者の矢樹純のブログ

(※出産編)無意味に痛い

寝転んで安静に本を読んでばかりいたせいか、ずいぶんゆっくりしたお産である。楽と言えば楽だが、このままダラダラしていたら夜中の出産や日付が変わっての出産になってしまうかもしれない。さっき様子を見に来た看護師も「少し歩いたりすれば早くお産が進むかも」とアドバイスしてくれたことだし、お金のことはどうでも良いのだが、少し歩いてみることにした。それで病室の外に出て、廊下にある自販機でお茶を買って戻ったら、いきなり“顔が歪む程の”痛みが来た。4時45分のことである。
それまでの中途半端な陣痛と違うのは、痛みの強さもそうだが、痛い時間がやたらと長いところだ。陣痛が来ている間は、子宮口が開いてないのに力を入れると赤ちゃんを圧迫してしまうので、深呼吸をして力が入らないようにするのだが、もう深呼吸だけでは耐えられず、前回のお産で習った変な呼吸をしてやり過ごす。とにかくメチャメチャ痛い。
ちょうど夕暮れ時で、2階の病室の窓から見える家々には明かりが灯り始めていた。あの家の住人の中には、現在私のように陣痛で苦しんでいる人なんて居ないのだろう。この産院の中ですら、陣痛の真っ最中なのは私だけだ。近くには他に産院は無いし、きっと今、私の半径3km以内には陣痛が来ている女は居ないと思う。とても孤独で、疎外された気持ちだ。そして、陣痛が来ていない平和な人達がとても憎い(疎外された人間は心が歪みます)。
人をネガティブにさせる程の痛みに30分近く耐え、もういい加減子宮口も開いただろうとナースコールを押し、内診して貰う。しかし驚いたことに子宮口は3.5cm。3時間前と1cmしか違わない。「まだ分娩室に行く程じゃないので、もう30分くらい頑張ってください」と、陣痛が来ていない看護師は気軽に言った。こっちは5分おきにやってくる痛みの荒波と30分間戦い続けてきたというのに、更に30分とは何事だろう。
看護師が帰って15分後、またナースコールを押す。陣痛の間隔が3分おきになってきたのだ。あと15分も待っていたら赤ちゃんが生まれてしまうかもしれない。看護師は「あーそうですか。じゃあ1階の分娩室に来てください。お茶とか、飲み物持って来た方がいいですよー」とまた気軽に言った。陣痛が来ていない女には分からないだろうが、こっちは陣痛の合間にお茶を飲むような余裕は既に無いのだ。夫に「これから分娩室に入るよ」と電話をして、一応お茶のペットボトルを持って、陣痛が来る度に壁に寄り掛かって休みながら分娩室に向かう。
分娩台に乗り、まずは内診をして貰った。看護師は「んー、まだ4cmしか開いてないですね」と言う。こんなに痛いのに4cmなんてありえない。大体、さっきから内診してくれているのは看護師である。内診は助産師じゃないと出来ない(違法になる)はずだから、看護師の言うことなど当てにならない。そもそも陣痛の来ていない人間は敵だ。敵の情報を信じてはいけない。
しかし看護師はのんびりムードでお産セットを用意したり、血管を確保したりで、先生を呼んでくれる気配は無い。1時間以上もあんな痛みに耐えたのに、まだ4cmしか開いていないなんて、私の苦痛は無意味だったのだろうか。2分おきになってきた陣痛に苦しみながら気持ちが沈んでいるところに夫が到着し、「どう?盛り上がってる?」と2年前の立会い出産の時と同じセリフを言った。夫は、私をイラつかせることにかけては世界一だと思う。